売れない商品が飛ぶ様に売れるには

現在では皆様ご存知の“豚毒カップ麺”であるが、発売当初は全くの無名だった。
創業者の孫にあたる米田イネ社長が社運を掛けて開発したにもかかわらず、売れ行きは絶不調だった。
当時CMプランナーだった私は、イネ社長から緊急召集を受けた。
東京ドウム半個分にもなる会社倉庫内は、豚毒カップ麺が入ったダンボール箱によって占拠されていた。
「御覧なさいよ。この返品の山々を。全て着払いですのよ。先代のコメ社長に申し訳が立たない」
イネ社長が稲穂のように頭を垂れて溜め息をついた。
「なんとか、売れるCMを作ってもらえないかしら?」
私は豚毒カップ麺を試食してみた。素直に美味い。カップ麺にもかかわらず、麺に風味があり、汁も完成度が高い。値段も、茶箪笥1000分の1棹分と御手頃価格なのに、一体どこに問題があるだろうか。う~む。
「宣伝費にまわせる予算は、いかほどお有りでしょうか?」
「お墓13基分ぐらいがやっとです。返品品を全てさばけなければ、位牌1柱増えることになりそうざます」
「物騒なことを言いなさんな。ちょっと、お時間をいただけますか」
私はいったん持ち帰り、CMの準備に取り掛かった。

数日後、事件が起こった。過激派を名乗る人物が建物に立て篭もったのだ。
問題の現場は、米田食品であり、豚毒カップ麺が山積みの倉庫であった。そして、イネ社長が人質にとられた。
立て籠り犯は、パソコンを持ち込んでネット中継を利用して主義主張した。
更に、テレビ局のカメラを倉庫内に届けるように指示した。犯人が、届いたカメラを倉庫の中央に設置した。
イネ社長が、一脚の椅子に一条の縄で縛られている様子が、全国にLIVEで流れた。
犯人は、カーテン100分の1張り分2片を頭に巻いて覆面代わりにしていた。一双の目しか見えない。

「君の要求はなんだ? もっと具体的に話しなさい」
拡声器を持った刑事が、外から叫ぶ。
「何で、言いたいコトが伝わらねえんだ! そういや、腹減ったな。おっ、こんな所にカップ麺があるじゃねえか。豚毒カップ麺だってえ?!聞いたことないゾ」
犯人が段ボールからカップ麺を取り出し、湯を注いだ。
「3分じゃなくて1分待つだけで良いのか。画期的じゃねえか。しかも、なかなか芳しい香がする。でも、結局は味が肝心だ。どれどれ」
犯人が蓋を開けたカップ麺がアップで映された。ゆらゆらと立ち昇る湯気は、ブラウン管のこちら側に居る御老人の嗅覚にさえ訴えるモノがあるように見てとれた。
「ほう。ウメー、ウメー。まるで生麺みてえだ。汁は、見た目はドロドロの濃厚豚骨だが、舐めてみればヘルシイスープ。ノンメタポークを使ってるなこんちきしょう! オレは普段健康を気遣って汁は半分残しているが、このジューシィなスープは飲み干しても身体に害を与えないぜ。サプリメント並みの栄養満点なのに、実際の塩分は少ない。もちろんカロリーも控えめだからダイエット中のOLから子供さんまでも召し上がれる一品です。さすが特許出願中の製法だ。明日からは行列のできるラーメン屋とはオサラバさ。ごっつぉさん」
「ふざけてないで、要求を言いなさい」
「もういいよ。それよりこんな美味いカップ麺食ったのは初めてだ。オレは感動したぜ。こんな劇的なもんを作った社長さんには迷惑かけたよ。米田食品の豚毒カップ麺アゲアゲ!!」

犯人がカップ麺をたいらげるや、あっけなく白旗を上げ、事件は幕を閉じた。

後日、イネ社長が複数局の取材に応じた。事件についての心境を語ると、イネ社長が直々申し出たのだ。イネ社長は「忙しいので、ランチの時にいらっしゃいな」と取材班を招いた。
「あの子は本当は悪い人間じゃないと思うのよ。信念が強いけど不器用なだけなのね。目を見てれば分かったのよ」
豚毒カップ麺を美味しそうにススりながら、イネ社長が話す様子がワイドショーで放映された。

イネ社長の温情もあり、犯人の刑期は軽減された。
出所後、元犯人が高い塀沿いに歩いていると、一台のロールスロイスが正面からやってきた。その高級車が停まり、元犯人が後部座席に乗り込む。そこに、イネ社長(江波杏子)が居た。イネ社長が、厚みのある封筒を元犯人に渡し、口を開いた。
「御苦労だったわね。ほんの気持ちよ。そして、貴方もね。御苦労様」
「今回の広告戦略に掛かった費用の内訳は、犯人役をして下さったこの青年に対する報酬と、私に対する少々のプランナー料だけとなりました。事件にしたことで、局側に一切支払わずに済みました。しかも、多大な宣伝効果を産むことが出来ました。心が腐敗した若者を唸らせ更に改心までさせるという味を、宣伝ぽくない形で事実として国民に知らしめることが出来た。まあ、“豚毒カップ麺”は本当においしいので、軌道に乗ればロングセラーになるでしょう。最初になぜ売れなかったのか未だ謎ですが、結果オーライということで善しとしましょう。新たに開発された“俺の痰(足臭)”や、“排水溝の陰毛ヌメリ(口臭の味)”を試食してみましたが、新感覚な食感なのに飽きがこない旨さ。“採れて三日以内の河豚の毒を凝縮して”なんかは、ありあまる珍味でシビれが止まりません。必ずヒットします……今後も社会が君を受け入れなければ、イネ社長に雇用してもらいなさい。イネ社長は独り身だ。君が色々サポートしてあげるというのも悪い話ではないと思う。ところで君は若くてハンサムだな」
そう言うと、私は助手席から振り返り、二人を交互に見た。
イネの鼻の孔が大きく見えた。