コレクタ (小3)

小3の秋時、薄い花びらが散りばめられたような鱗雲が天を覆う朝。
一群れになり黙々と登校する我々の傍を、突如走り行く高学年男。そしてその男の後方に、もう一人の高学年男。その追っ手は俊足。逃走する高学年にぐんぐん迫り、捕らえると思いきや、軽やかな足さばきで男の右側へ回り込み、尚も走行しながらもスピーディな投球フォームを見せ、何かのつぶてを放った。
「ぐわ! やられた」
渾身の飛び道具によって脇腹部を射抜かれた高学年が、その場で立ち尽くし敗北を認めた。すると敵を殺めた高学年が振り向き様に、我々の列目掛けて弾投。
「おわ!」
集団員の皆が飛礫を畏れ動じた。それは班長の上腕を掠め背後の班員の胸部を直撃することにより失速して落下した。皆が立ち止まり、路上との衝撃で揺れているそれを囲んだ。ツブテはドングリだった。班長が拾い上げた。
「いいな、いいな」
皆で班長を囲みながら歩いた。
「それ頂戴よ班長」
「やだ」
班長はそのドングリを、目のマークが付いたジャージポッケに仕舞った。

学校に到着して教室に入ると、早くもクラスのナンバー2(二番目にサッカーが上手いから権力者)が、窓際の机の角に、尻を寄り掛けながらドングリを見せびらかしていた。
「それ、どこあった?」
「教えん」

その日の下校中は、道路上にドングリが結構落ちていた。多くの在校生が死闘を繰り広げながら移動した痕跡である。当時、いつも一緒に帰っていた”年中坊主頭”と私は、拾いながら帰った。
翌朝、またも転がっているドングリを拾いながら登校した。
「コラコラ列をはみ出すな」
班長が注意する。それでも拾う。
「あと1回はみだしたら先生行」
班長による最後警告。
先生行(センセイイキ)とは、登校中に悪さをした生徒が班長によって職員室に連れて行かれ、先生に叱られるというとても畏怖なる制度。
そういうのは勘弁なので、仕方なく自分の進行方向にあるのだけを拾った。屈んだ時に、両手を伸ばして届く範囲へ隈無く目を光らせた。
ドングリを拾う度に、真後ろを歩く4年がケツにぶつかり、前のめりになる。それでも拾い続けていたら、低学年も拾い出した。
その日の下校中、坊主頭と拾いながら帰った。
「これジャンボ!」
「こっちの方がジャンボ!!」
早く拾った者勝ちである。二人は競い合うように拾いながら家路へ向かった。
我々は絶対に投げ合ったりしなかった。
投げたら、折角拾い集めたドングリが無くなるから。

かくして、どんぐりコレクションが大ブームとなる。
以降、クラスでは、個数を多く持っている者が羨ましがられた。また、大きいドングリや、表面がピカピカ、先が尖っているドングリは評価が高く、重宝された。
因みに、女子でドングリを集めている者は、一人も居なかった。
自分のブツを自慢するのは男子だけで、「スゴーイ!」と女子は一旦大声出すものの、それを欲しがる者は居なかった。
たまたま、”尖がりドングリつるピカ(特大)”を拾った女子でさえ、男子が彼女の目の前で懇願すると、難なく手放し、彼に与えた。私が土下座をして良質なドングリを女子から貰った時、モノのカチを知らないバカめと内心ほくそ笑んだ。

ある日の下校中、坊主頭と遺跡に寄り道した。栗の木やらがたくさんある小山なので、ドングリも結構落ちていた。
どんぐり拾いが始まったが、男子が二人以上集まれば自ずと競争も開始する。
しかし、同じ場所で拾う行為はしない。中学年ともなれば、近距離で目に見えているブツを我先にと手出しするようなガッツキ行為に対し、野蛮であると感じ始めている。
そこで各々は、餌の穴場を求めて異なる方向へ旅立つ。
私が決めたテリトリには、そこそこドングリが落ちていた。しかし、あくまでそこそこであり、また、ドングリとドングリの距離が結構あったので、徒歩がしんどかった。
「ここスゲエ!」
奥から声が聞こえた。
「スゲエ! ある! ここもある! ここもスゲエ! おお!」
坊主がずっと言っている。
なーに、言うほどあるもんか。俺は見てた。アナタが日陰へ行く所を。大体、植物は日光の光でぐんぐん育つ。貴様が日陰へ行った時、馬鹿だなと思った。そんな日陰にあるわけない。
「ここも! ここも! ここは?! ここも! 」
独り言の割には大きな声だな。しかし、ここで彼の餌場へ歩み寄れば、彼の嗅覚を認めたことになる。それだけは避けたい。私は聞こえないフリをして自身のホームでコツコツした。
「スゲエスゲエスゲエスゲエ」
なにをドングリごときでそんなに興奮してんだ。しょうがねえ行ってやるか。

「そっちどう?」
「もろスゲエ。ほら」
坊主が両手で掴んだ赤白帽の中に、あふれんばかりに盛られていたドングリ達。
百個!…あるかも。しかも、全てに帽子まである。”帽子付きドングリ”はポイントが高い。
ぐむむむむむむ~~~。
百も差を付けられたら、しばらくキャツの圧勝が続くではないか……………………
「半分あげる」
「ウソオッ!?」
「おう」
アゲルと言ってきたので、貰った。まあ、アチラの方から勝手に奢ってくれたんだしイチオウ貰っときますか。
「でも小さいな」
きちんと、感想を添えといた。

帰宅するや、押入れから大きいクッキー缶を取り出し、中へドングリを加えた。

「ギャツ!!」
ところで、この頃から部屋の絨毯上を小さい幼虫が這い出した。
ギョっとして、母を呼び出して取ってもらう。
「ドングリに付いてたんじゃないの?」
母に言われて真っ赤になり、「知らん」と答えてやり過ごした。顔が熱かった。

その夜、寝床で考えた。確かに、穴が開いてるどんぐりも多かった。もしも、その穴から虫が入っていたら……夜な夜な、再びその穴を食い破り、幼虫が出でて
ギャーーーーーーーー!!
想像しただけで恐ろしい。布団に潜り込み、多量の汗をかいた。

翌日から、クッキー缶の蓋を開けるのが億劫になった。
中にあるのは、ピカピカのドングリや帽子付きドングリに間違いない。別にいちいち確認する必要ないし。いつでも、取り出して眺めることは出来るし…………。

その夜、寝床で目を閉じると、わんさか増殖した幼虫が、蠢き、遂には蓋を押し上げ……というおぞましい光景が脳裏に浮かんだ。
幼虫連はベッドの上へも這い上がってくるやもしれぬ。これでは、幾ら枕を高くしても睡眠など出来やしない。
念の為、クッキー缶の蓋の周囲をガムテープでぐるぐる巻きにしておいた。

いつしかどんぐりブームが終わった。というか、冬には終わるのは当然だし。
ってか、ガムテで封印した時点で事実上終了だが、その曰く付きの開かずのクッキイ缶は、数十年経った現在も押し入れの奥に潜んでいるぶぁい。