内職 (高1)

高校時代、ある教科の授業中に、他の教科の勉強をする行為を『内職』と呼んだ。これは全国共通語であろうか?
この内職、教師が最も忌み嫌う悪行であった。普段温厚な教師でも、居眠りよりも早弁よりもサボタージュよりも嫌い、怒るのである。
自身の教えを授ける業を無視され、他の教えへ向いているのを目の当たりにして、浮気された、いや、自己否定された感に苛まれるからであろうか。
生徒全員が内職し出したら、その教師は給料を支給されたとて、”アタシ何してんだろ”と悩み、病む。そして、冷める。冷酷廃人を産みかねない。
しかし、大学受験に無関係な科目が時間割に含まれているのはいかがなものか。
しかも、将来に直接役に立たない学識ばかり。冠婚葬祭に於ける服装や、各種招待状に対する返信の仕方、喪主の挨拶文の作成方法、祝儀袋と香典袋の裏面の折り方(左側だか右側が上)の違いや、式主催者との距離ごとに異なる中身金額の相場、招待者が入れ忘れたらしくお札が入ってなかった際に於ける主催者の対処方や伝え方、猫に与えてはいけないもの、石ができ易い食べ物、本当は間違っているゴミの分別の仕方、メンタリズム、しゃっくりの止め方、スマホ購入の際に適したプラン、各種配線の繋ぎ方エトセトラの授業ならば、聴く。葱は犬の血を破壊する。ふむふむ。テレビとビデオを繋ぐだけでも、業者を呼べば結構な額とられますからねえ。
まあ、英語、数学など上位受験必須科目であろうと、ナニ喋ってっか理解不能な教師が担当になった場合、生徒は、英語の時間に英語を内職する。”虎の巻”を出さない限りは、内職がバレない。教え方がずさんな英語教師ほど平和ボケしてる人はいない。
因みに、虎の巻を目にしただけで、怒りでわなわなする教師も多数。”虎の巻”とは、教科書の内容を詳しく説明している…例えば英語や古典の訳文、数学の問題の答えが掲載された禁断禁忌なる書物。教師にとってけしからぬ、生徒にとってなんともありがたやな、”これさえあれば教師いらず!”を謳う独学者必須アイテムなのである。

私は、古典の授業中に、教卓の真ん前の席にもかかわらず、虎の巻を堂々と熟読していた。女教師の話しを無視して。
その女教師は新人で、昨年までは花の女学生だった。色白で、成長途上の私でも包み込むことができそうなぐらい小柄だった。
授業が終わった後、叱られた。大人の女性に一目置かれたくて、故意に反抗していたかもしれない。
叱られることで愛情を感じ、もっと叱って下さい、叱って叱って、貴女の価値観の下で私を矯正し、貴女の世界へ私を誘って下さいな。
自ら女性にアプロウチ不能な”ウブ高生”は、叱られることでしか、近付く術を知らなかった。
大人になった現在でも、叱られている時こそが、自身のことを本気で気に掛けてくれていると安堵する。
叱られたく、ついつい好意を持っている女性をけなしてしまう。
ブスにも悪口を言う。
しかし同じ悪態でも、前者は偽であり、後者は真。
そう、好意的な相手に対しては、嘘しか言えないのだ。
なんたることだ。手っ取り早く叱られたいが為に嘘ばかり言う。
黒いカラスを見て、「あれは白だよ」という嘘にならないほど馬鹿げた嘘ですら、根気強く耳元で囁き続ければ、大抵の女性はお怒りになられる。
ただし、好意を寄せている女性に、1度だけ本当のことを言ったことがある。

「私は嘘付きです」