LL教室 (中1)

中学校に入学して間もない時に、英語の授業で、”LL教室”と呼ばれる部屋に初めて入室した。別名は”視聴覚室”だが、横文字で呼ぶに相応しい未来教室であった。机は、横へロングの真っ白な平面で、一席ごとにカセットデッキが設けてある。各席には、デッキと繋がった黒いヘッドホンが置いてあった。
英語教師が、前の専用席に座ってヘッドホンを装着し、我々も装着するように指示を出した。そして、教師が何かのスイッチを押すと、一斉に全席デッキ内のカセットテープの回転音が響き渡り、流暢なフォリナーイングリッシュが、ヘッドホンから流れてきた。
なんとハイテクなことでしょう。あたかも英国の貴族が私達の耳元で語りかけてくれているかのような感覚を味わえます。彼等の後を追って、英文を復唱してみれば、ほら、この通り。以前の窮屈な訛りからは考えられない程スッキリした発音になり、青い目の子供達も大喜び。窓の外には、小鳥が集まり、さえずる様子を眺めることもできます。夜になれば、凄い速さで窓にぶつかり、そのまま落下して死後硬直した鳥の姿を、翌朝見掛けることも。

「テレッテ、テッテレレテッテレ、テッテレレテッテレ、テレッテレ、テレ、ボボンボンボンボンえ~、こんばんはビートタケシのオールナイトニッポン」
二回目の復唱の時、英読に飽きていた私は、深夜ラジオの真似事をしていた。
「はい、こんばんは、どうも、とんねるずですよ。えっとね~…しかしね~……良い天気ですね~」
一介の中1がトークできるはずもなく、すぐにドリフが終わる時の曲を口ずさんだ。
(ヘッドホンしてる姿ってモノマネの審査員みたいだなあハハハ)
「10点、10点、10点、10点、9点、ろうくてんっ?!」
(ヘッドホンを逆さにしたら、先生に怒られるかしら?)
そして、あまり言わない方が良い言葉を発するようになる。

「ウ◯コ」

フフフ。隣りの女子は、耳にフォンを貼り付け、糞真面目に英文を発音している。貴様には、私の声が聞こえまい。 「ウ◯コウ◯コウ◯コチ◯コウ◯コチ◯コバカ阿呆ちんどんや」
ここまでくれば、次なる語句はアノ言葉。部活で先輩から教わったアノ言葉。恐らく生涯発言数では、中2期が圧倒的に多いと思うが、覚え立てだったし、どこかで発語したかった。今こそが機である。

「マ◯◯」

私は禁断の三語を口にした。背筋からゾクゾクッと鳥肌が立ち、みぞおちの内部をくすぐられた感覚。なんとも言えない心地だ。
そして私は連呼し続けた。太ももの内側に羽根で撫でられたような違和感。たかが言葉を連呼しているだけにもかかわらず、頭部ごと紅潮し、口と鼻息も荒くなり、疲労すら感じる。感じてた。カンじた。
「後で職員室に来なさい」
もろビビった。
なんと、急にヘッドホン内の英会話がプツリと切れ、教師の肉声が直に私の鼓膜を震わしたのだ。
動揺してヘッドホンを外した。
周囲の皆様は、お経のように英文を唱えている。前を見ると、英語教師がこちらをジッと狐目で捉えていた。マジか。

教師席のヘッドホンでは、生徒一人一人の発声を確認できる。更には、先生が選んだ生徒と対話もできる機能が備わっている。
と、いうことを初めて知った日であった。

私の想像を遥かに超えた最先端をゆく”Language Laboratory教室”。