教科書 (中1)

中学校に入学して間もない休憩時間、
やっと八分咲きになったと思えば最早散り始めた本国代表の例の木々を教室の窓から眺めていた時、
「116ペエジ」、「116ペエジ」
と、二人の男子生徒が、一人の女生徒に何度も言っていた。
女生徒の机の上には、社会科の教科書が置いてあった。
真新しく、四角がしっかり角々しているそれは、小学校の教科書と比べれば随分重厚であり、これから我々が学ぶ量数が一筋縄ではいかないことを主張しているようだ。
女生徒が教科書を開き、116ページを出した。
すると右上に、ダビデ像の写真が掲載されていた。逞しい裸体に、雄の象徴といえる男性器をも露出した芸術彫刻。
「うわっ! 見た! エロオ~!」
冷やかしの言葉を浴びせる男子生徒。
「キィーーー!」
その女生徒は、116ページを破り裂いた。

ある日の美術の時間、資料集を忘れたので、隣クラスの男子生徒から借りた。
授業中、床に落として拾おうとしたら、裸婦の絵画が載ったページが開いていた。西洋の熟女がソファーに横たわっている。
資料を閉じ、授業を受けていると、再度落としてしまった。
すると、またも裸婦のページが開いた。
資料を机の上に置いて一旦閉じ、片手でパラパラ漫画を見る要領でめくっていったら、裸婦のページでパックリ見開いて止まった。
どうやら、当ページばかりが開かれているようだ。
あと1年もすれば、この美術資料集は、裸婦の見開きの中央から裂けて分離するであろう。
また、別の日に、他のある者から借りた美術資料集は、裸婦のページだけが開かなかった。
当ページに、何かの粘液が付着して乾いたのが原因で、貼り付いてしまったようだ。

また、ある者に借りた体育資料集では、女生徒が高跳びしている姿や、ハードルを跳び越えた瞬間の写真の一部分が、淡白くなっていた。
どうやら、消しゴムで例の部位を擦ったようだ。
布類のみ消去できると思ったのだろうか…神聖なる教科書をぞんざいに扱うけしからぬ中等生徒達。
視覚に頼り、容易く快楽を得ることばかり考えているとは、哀れな下等生徒よと、当時の私は呆れたものだ。
真の快楽を得られるのは、文字からである。文章を熟読して想像力が高じることこそ学生冥利に尽きるのではないであろうか。
世の中等部生徒諸君!
保健体育の教科書の活字でヌけるようになりなさい。