本屋を通してキャラ考察

チェーン店や大型店ではない、個人経営の小さな本屋は、典型的な男社会である。
店主の殆どがオッサンだからだ。店員が1人だけの本屋に入って、20代の女性がレジにいることは、まず無い。7、8割がオッサン、またはお爺さんである。残りはオバさんかお婆ちゃんだ。
オッサンの店のレジ一帯は、誰も足を踏み入れることができない、オッサンのテリトリーだ。FMのオシャレな音楽番組ではなく、AMのTBS、文化放送ラジオで流れるオッサンのお話をバックに本を読んでいる。お爺ちゃん店員だと、NHKが圧倒的に多く、皆メガネで勿論コンタクトはしない。
客が本屋に入っても、「いらっしゃい」と言わない店が普通である。なかには、レジの横に小型テレビを置いていて、客が来ようがテレビ画面から目を離さない強者もいる。
しかし、このような店員を無愛想だと思わないのは私だけであろうか?
いやむしろ、このオッサンは優しくていい人だと思えてしまう。物言わぬ店員は、立ち読みしているお客さんの迷惑にならないように静かにしておくという配慮をしているかもしれないのだ。
また、エロ本の占有率が異常に高いのも特徴だ。「いっそのことエロ専門店にした方が、男性層をガッチリ掴めるんじゃないっスカ」とアドバイスしたくなるほどの"ほぼエロ本屋"もある。配置もあまり考えてなくて、芥川賞作家の本郡と僅か3cmの木板で隔てた所に、“白昼濡れ濡れ~”なんていうタイトルの文庫本があったりする。

なにはともあれ、オッサン店員は物静かな人が多いわけだが、例外もある。
私が中学生の時に初めて、ある本屋に、母と一緒に問題集を買いに行った。店主は鼻の下に髭を生やしたオッサンで、毎日丁寧に頭を剃っているようで、見事にツルツルだった。
私が本をレジに持っていくと、オッサンが、「今年受験?」と聞いてきたので、「はい、そうです」と答えると、「がんばってね」とにっこりしながら、本を紙袋に入れてくれた。私は「ありがとうございます!」と言い、母はその光景を微笑ましく眺めていた。

それから数日後、学校で友人が、
「傑作オヤジを見つけたから、見に行こうや」
という話しを持ちかけてきた。
なんでも本屋の店主で、超潔癖症らしい。商品の本を大事に扱っていて、立ち読みしようものなら、「コラッ!」と本を取り上げ、白い布でゴシゴシ指紋を拭き取るらしい。その必死な様を観察するために、仲間3人で立ち読みしに行くことになった。
自転車で問題の本屋に到着した時、「あちゃー」と思った。
先日、母と問題集を買った所だ。この本屋のオッサンからみた私は、"感心できる勤勉な受験生"といったところであろう。しかし今日は、不真面目なイタズラ坊主である。
以前と真逆のキャラを演じるのは心苦しい。優等生が悪ガキと認知されてから怒鳴られるまでの、空気と間の悪さのなんたるか。想像しただけで、頭をかきむしる程恥ずかしくなる。
しかも、本屋に1人ずつ入ることになった。ジャンケンで勝った順に店に入り、他のメンバーは外から観察。1人が怒鳴られて店を出たら、次のガキが店に入る。そして最後のガキは、エロ本を立ち読みしなければならない規則になったのだ。
もはや計画は決定し、我々は運命共同体である。今更抜けるなんていったら、一生腰抜けと呼ばれる雰囲気だ。
こんな時に限って事態は最悪。晴れて私はオオトリのエロ本担当となってしまった。
トップバッターの友人が入る。オッサンは友人をジロッと見て、全く目を離さない。悪ガキが本を手にとり、パラパラ頁をめくるやいなや、オッサンは至近距離であるのに、首を曲げた前傾姿勢で猛ダッシュ! ⊿t秒で友人の本を取り上げた。
オッサンが牛なら友人は闘牛士で、本はカポテ(牛を挑発する赤い幕)といったところか。えらく興奮している様子が外にも伝わってきた。
戻ってきた友人が、「頭のてっぺんまで血管が浮きでとった」と言った。もう1人の連れはゲラゲラ下品に笑っている。その悪ガキが怒られて、いよいよ私の番がきた。3番目ともなれば、店に入って即座に共犯者だとばれるし。あ~やだやだ。

冷んやりズシリとしたガラスドアを開けると、オッサンの視線を右目の片隅で感じた。私はびっこをひいたような足どりでエロ本コーナーに向かう。

(オッサンへ ごめんなさい 今日は優等生ではございません なるべく早く叱って下さい 大至急 私のキャラをクソガキに位置づけて候)

心臓をドキドキさせながら、エロ本をめくった。

しかし、オッサンはこちらに来ない。
なんとそれどころか、奥の部屋に引っ込んでしまった。

恐らく、オッサンも"優しいおじさんキャラ"から"カミナリオヤジキャラ"に変身することが、気持ち悪かったのだと思う。
オッサンにも、自分のキャラ設定についての心がけがあったのだ。