兵隊さん (小3)

【※"湧水を発見した少女"からお読みください】

小3のある日の朝、教室へ入ると、矢尾さんが、目の前に立ちはだかった。

「なに?」

矢尾さんが、目を据わらせたまま、懐からジャポニカ学習帳の切れはしを取り出して、両手で広げて読み出した。

「アナタの家に金曜日に三人の兵隊さんが来ます。二人は兵隊帽を被り、一人は何も被っていません。帽子を被ってない兵隊さんが、『ここに兵隊さんが来ませんでしたか?』と言ったら、『来ていません』と言って下さい」

表彰式のように読み上げると、その女子は紙を折り畳んでポケットにしまった。
「来ていませんと必ず言って下さい」
矢尾さんが改まった感じで、淡々と言った。
「……兵隊がキタって言ったらどうなるの?」
「殺される」
「ぇぁ…」
あまりの恐ろしさに吐き気がした。朝イチでは聞きたくない話だ。

矢尾さんは、クラスメートが教室に入って来る度に、文章を読み上げた。
朝の会になっても、クラス中がざわざわしているから、担任がすぐに異様さを察知して、原因の追求にとりかかった 。

「誰ですか? そんな変な話を言い出したのは」
皆が、矢尾さんを指指す。

「兵隊さんなんて来ません」
「だって、班長のウシオさんが言ってたんですよ」
先生が言うと、矢尾さんが反論した。
ウシオさんは、かつて湧き水を発見した高学年女子。1年経過した現在は班長を務める女史である。

「分かりました。ウシオさんには先生からも言っておきます。矢尾さんはこれ以上この話を広めないようにして下さい」
先生が、穏やかな口調で諭すように注意した。
同時に生徒達は、眼差しを彼女に注いだ。不安、不信感、攻撃的、アタシはヤンちゃんを信じてるよ…様々な感情が交錯した皆の視線光線。それらの不穏な注目に耐え切れなくなったのか、矢尾さんが机に突っ伏して泣き始めた。

それにしても、金曜まであと三日しかないっ!
私は帰宅後も、両親に言おうか迷った悩んだ。 両親に言ったとて、信じないかもしれない。でも、言って信じて、恐怖で引き吊る顔だけは見たくない。
子供騙しの可能性が高いSFちっくなモノを信じ込み、そこでパニックになられたら、親に対する信頼感や基本的で最低限度の敬意が崩壊し、二度と自分は親を頼れなくなり、そうなれば親が居なくなったも同然。にもかかわらず、私にはまだ精神的な自立は形成されてないので、生きていけなくなる。

どうしたものか……

TV放映のドラゴンボールを見ている時はアニメに集中できたのに、宿題をしなければならない時は、兵隊さんに纏わる葛藤やカオスにさいなまれ、算数ドリルが解けなかった。

そして、いよいよ、明日は金曜日という日がキタ。
熱めのシャワーを上から浴びながら、両親に言おうか言わまいか迷走していた。私が留守中の間に『兵隊が来た』と言われたら、家族が殺戮されてしまう。
風呂から上がると、居間で、パジャマ姿の父親が、肩肘付いてネハンゾウのように横たわり、映画観賞しておられた。
ブラウン管内では、サモハンキンポーが高音発して焦っていた。それを見ながらぶしゅしゅしゅしゅと長く爆笑している父の姿形を見て、この家は大丈夫。こんな平和な家に、恐ろしい兵隊なんか来るわけないと確信した。
こんなにも単純に大爆笑するパジャマオヤジの家に恐怖兵を送り込む。そんな違和感ある組み合わせを神様がするわけない。

私は兵隊話を告げるのを辞めた。安堵しながら、
「おやすみなさい」
と父親に言った。

「テレビ見てんだから話し掛けんな」
父が睨みながら返答した。