高鬼

小学校低学年がする鬼ごっこほど、えげつないものは無い。
小1の初期、”手放しバリア”という恐ろしい技が使用出来た。これは、両手をピースサインの形にして、その両腕を胸の前で交差させたポーズをしている間は、鬼がタッチ出来ない技である。
そして、いつでも、どこでも、だれでも、何回でも使用出来るという、超無敵のバリアであった。
鬼がどんなに俊足であろうと、触れる瞬間に「てばなしばーりあ」とポーズしながら言われてしまえば、タッチしても無効となる。
最初のジャンケンだけが勝負であり、負けた者は、休憩時間の間は果てしなく鬼であった。

月日が経つと、流石に手放しバリアはゲーム性に欠け過ぎていることに皆が気付いたらしく、あるゾーンに入っている時に限り、鬼がタッチ出来ないルールになった。
我々の体育館の両角には、移動式のバスケットゴールが、一基ずつ置いてあった。ゴール下には、車輪が付いている土台があり、この上に乗っている間は、鬼がタッチ出来なかった。
そして、何時間乗っていても良い、超無敵シェルターだった。
最初のジャンケンで負けた者は、休憩時間の間はほぼ果てしなく鬼であった。"望月君"はジャンケンで負けた瞬間から目が赤くなっていた。「泣いてないもん」
一定の場所に全生徒がタムロして、鬼独りだけをノケモノにするので、これはこれでタチが悪い。ゴールの傍らで落ち込んでいる鬼を、多勢でケナし続ける。
二基のゴール下に生徒が居る場合は、鬼から遠いゴールの方から人が飛び出し、「鬼さんコーチラ!」とアッカンベーしたり、ズボンをずり降ろしてタンペをペンペンして、鬼を挑発する。鬼が思い切って走って来ると、すぐゴールに跳び乗る。すると、今度は逆側から生徒が出でて、鬼を挑発する。鬼がダッシュで行く。鬼と十メートル以上距離があるのに、ゴールへ戻り、「ふうっ」なんて発しては俺ヤッタ感を出して満足する悪童と、それを褒め称える周囲。
絶対にタッチすることは出来ない。しかし、鬼は何回も思いっ切り走るのだ。
絶対安全領域に居ながら、鬼をケナすのは、途轍もなく心地良かった。
時に、勇敢にも飛び出し、反対側のゴールへ大移動しようとして、捕獲される者が居た。身の程知らずが鬼に落ちぶれる様を、安全地帯から高みの見物するのも、なかなかオツなものであった。以前の鬼をシェルタに引き入れて優しく接し、その人物と一緒になって新たな鬼をケナした時には、あまりの快感に身震いしたものである。

小2になると、遊びが若干高度になった。高い所に居る時に限り、鬼のタッチが無効である”高鬼”が採用された。普通は、高鬼には十秒ルールがあるが、初期は無かった。高い所に何年居ても良い。しかも体育館なので、高い場所はバスケットゴールの土台だけ。
そう、もうお気づきの方もいると思うが、これは”高鬼”という名ばかりの、単なる無敵場ありきの鬼ごっこだったのだ。所詮ジャンケンに負けた者が無期限敗者。
「ボク良いこと思いついた」
鬼が居ない時に、ゴール土台に乗っていた"田原君"が地上へ降りた。そして、ズックを脱いで、それらを裏返しにして地へ置き、その上に両足を載せた。
「こうすれば、ずっと高いよ」
そう言い残すと、足をズックごとズリズリ引きずりながら、鬼の方へ向かって行った。
意味が分からなかった。何故にわざわざ裏返しにして、黒ずんだ靴裏の上に足を乗せたのか??
これが良しならば、普通にズックを履いている状態でも、靴底の厚さ分も高い位置に居ることになるので、OKとなる。
田原君はあえなく御用となった。