子供ができてん①

東京で一人暮らしをしていたある日、部屋で独りでビール、ウーロンハイ、グレープフルーツ割り、ホイスキーをそこそこ飲み、ユニットバスのトイレに千鳥足で行き、手を洗っていると、鏡に赤鬼が映った。
ニヤリとする。攻撃的な赤鬼だ。
そして、顎の左部分に焦点が定まって離れなくなった。
直径1センチのグリンピースほどの半球が突出している。
指で押さえてみる。
痛みもなんもなく、コリコリ固い。3年間放置しているイボ。
こん中の鬱屈を出したい衝動に駆られた。コンビニ割箸の袋を割き、ツマヨウジを取り出した。
鏡に向かい、イボを楊枝で刺してみた。
チクり注射の痛みの後、血の点ができた。
イボを二つの指で摘まんで強く押しても、血の点がじんわり少しずつ出てくるだけで、イボは石のように固くてびくともしない。
想定外だ。なんか白い脂肪や透明の液体が一気に噴出してみるみる萎むと思ったのに。

翌日、鏡を見ると、イボが一回り大きくなり、赤黒くなっていた。触ると僅かな痛みを伴った。
中に悪趣味なモノも溜まり始めている。
「出すか」
親指と人差し指の爪で顎イボをギュッと搾った。電気が一瞬のうちに流れたような激痛と共に「ピシッ」って音が後頭部で聞こえた。慌てて指を引き離したもんだから、ガンッ!と手の甲を鏡にぶつけ、のたうちまわった。
イボはしぼまなかった。

そのまた翌日、舌で上歯茎をねぶったり、水を含んでブクブクしただけで、顎がジンジンした。
指で押す度に、ジン、ジンと響く。
強めに押さえてみた。電気が顎を出発して、うなじにまで走り、「ピシッ」って音が後ろで聞こえた。

そのまたまた翌日、 イボの大きさはビー玉ぐらいにまでなっていた。
内部を何匹もの線虫が蠢いている感覚でムズムズする。
夜になると、それらは夜行性のように運動を活性化し始めた。イゴイゴイゴイゴ蠢く速さが増して、痛こちょばしい感覚に耐え切れず、部屋内を徘徊していた。
たまらずユニットへ逃げ込み、解決策が見い出せない泣きっ面を鏡越しに睨んでいると、内部の運動がし過ぎて玉の表面が裂け、脱出するように出てきた。ドロドロの白い液体がジンジン流れ出た。顎を前へ突き出す度に、臭う白液が噴出して顎を伝う。

同級生に電話して、助けを求めると、「病院行った方が良いんじゃない」と言われた。
「精神科と内科どっちに行ったらいいんだっ?!」
「う~ん、皮膚科じゃない」
「俺1回精神科に行って、全身を調べてもらおうかと思ってるんだ」
「まだ、大丈夫だよ」
「精神病患者は自分のことを正常だと思っている」
「大丈夫だよ。俺から見てちょっと変わりもんなだけだもん」
「アンタと私が異常だったらどうする? 異常者2人が我々はマトモだぜと言い合ってるだけかもしんない」
「そうかもね。だったら俺は、他人に俺オカシイって言うことにするわ」
「それいいね、相手が『おまえオカシイ』って言ったら、『上等じゃねえか、だったらどっちがオカシイか2人で病院行って調べてもらおうじゃねえか』って言えばいいんだよ」
「ハハハー」
「でもな、病院に行くだろ。そしたらこの顎にいる子は怒らはるんじゃないでしょうか。これは子供やねん。まさに、産みの苦しみから産まれようとしている私の子供だ。だから大事にせんと」
「じゃあ、早く外に出してあげないと。帝王切開でもなんでもして膿出しなさい」

翌日、家賃を支払いに不動産屋へ行った。
「チョットナニソレ、ウンデルヨオ!ハヤクビョウインイッテヨ、ハヤクイッテヨ、イマスグイッテヨ!」
事務担当の中国人のオバちゃんが叫んだ。
「でも、自然に治らないですか?」
「ハヤクイッテ、イマスグビョウインイッテ、イマスグデテイッテヨ!」
オバちゃんが一所懸命叫ぶので、病院に行くことにした。





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